contact of the day

壁越え

2010/09/07

旅行前から決めていた
Billy Elliot をロンドンで観た
映画(邦題はリトル・ダンサー)のミュージカル版だ
スティーブンダルドリーの作品とあって
とても期待していたのだが
映画との違いを強く感じたまま劇場を出た

子役は誰もがあまりにも上手で
踊ることで、観客を湧かせていた
けれど映画にあった、技術はないけど懸命に踊る
パッションというのは見られなかった

もう一つは映画のラストシーンが
ミュージカルには無く
だから映画のラストシーンで僕が経験した
感動も、舞台には無かった

映画からあのラストシーンを取れば
映画もミュージカルも見事に調和するし
それでも映画として特に破綻はない
でも、それが作り手の届けたかったものだったとすれば
自分には作品がとても凡庸に見えてしまう
あのラストシーンに辿りつくまでに流れたであろう
語られない時間すら消えてしまう気がするのだ

そしてその穴埋めをするかのように
踊りも、音楽も、饒舌すぎる気がしたのだった

作品の中では明示的に語られていない何かを
暗黙のまま受け取ったと感じたとき
メッセージは形式を通じてしか受け取れないという
大きな壁を超える
だから感動にはいつも言葉にできる理由がない
自分はその壁超えの瞬間のカタルシスを求めて
劇場に足を運ぶのだということに気がついた

湖水地方の苔

2010/09/06

好きなだけ思うように歩けない
そんな旅行は初めての体験だった

ゆっくりとしか歩けないのがもどかしいのは
効率が一番大切だと、思い込んでいるマインド

走る列車の窓から見る羊の群れ
羊はみんな止まっているように見える
けれど歩きながら見ると、草を食んだり、のそのそ歩いたり
いろんな動きをしている羊たちが見えた

出来る限りの経験をしようと
知らず知らずの間に自ら効率を求めて動き
その結果いろいろなものを
見落としてしまっているのかもしれない

ゆっくり歩くことを受け入れれば
別の世界が見えてくる

どんなにゆっくり歩こうとも
世界とコンタクトすることさえできれば
そこには濃密な時間が流れるのだ

そしてまた儚い夏がひとつ過ぎ

2010/09/05

エジンバラ最後の夜、ファイヤーワークスコンサート
今年の演目は50〜70年代のハリウッド映画音楽
ケレン味が花火とマッチしてなかなか楽しめた。
宙を目指して飛ぶ花火の、重力と拮抗する様が
映画音楽のストリングスと見事にシンクロしていた
燃えて尽きるはかなさでなく
空に届かないというはかなさを
花火を見て感じたのは初めてかもしれない

Do You Know the Way to San José

2010/09/03

10年ぐらい前のことだったと思う
最初にスコットランドをレンタカーで旅して廻ったとき
ドライブインでBGM用に適当に買ったのは
Dionne Warwickのカセットテープ
一曲目に流れてきた「Do You Know the Way to San José」
僕はとても気分よく夏の終わりのスコットランドをドライブした

今日、エジンバラ大学の夏期英語コースの最終日
教材として取り上げられたのが、同じ曲
「Do You Know the Way to San José」

それは都会で夢敗れ、故郷に帰ることを歌った曲

日常

2010/09/01

2010年のFringeが終わった
エジンバラの街は静かになって
あちこちで劇場だった場所が
普通の広場や、教会や、学生会館やら
元の姿に戻っていく

それは街全体で
バラシ(芝居が終わった後の撤収作業)が
行われているという雰囲気

僕の生活から劇場通いはなくなったものの
朝にはいつもどおりの時間に出て
今週いっぱい続く英語コースの授業に出席する
ランチは公園でスーパーで買ったサンドイッチを食べる
午後は習慣になったプールに自転車で通う
帰りにスーパーに寄って食材を買って
フラットに戻って料理をする

旅行中なのに、不思議と日常的な
時間が過ぎていく

シンプル

2010/08/30

Smiler
障害者の介護を題材にしたストーリーテリング
ストーリーテリングという表現にもだいぶ慣れてきたが
やはり身体表現が少ないとノンネイティブにはつらい
でもこんなふうに語られるべき物語が
今の日本にもっとたくさんあってもいいような気がする
一人、舞台で笑ったり、泣いたりする演者を見ていて
日本の落語を思い出したのだった

BOUND
蟹工船もこんなふうに舞台にすれば、と思った
海で、魚をとって働く
それは景気後退とかサブプライムローンとか
全く関係の無い話のはずなのに
シンプルなことをシンプルに出来ない
まったく複雑な世の中になってしまった

ミュージカルズ

2010/08/29

Fringeの最後の日曜日は
ミュージカルを二つ見る
in Touch はインターネットの中と現実との人格を
別の役者が演じるというミュージカル
リアルの自分とアバターというダブルスタンダードは
すっかり普通のコトとして世界に溶け込んでいる
舞台というリアルな身体を感じる場所で
ネットという非リアリティーの存在を演じているのが新鮮だった

そしてSpring Awakeneing は、トニー賞をとったミュージカル
ストーリーは古典で、展開はシンプルでもどかしいぐらい
けれどその分、描写は濃密で
音楽も演技も素晴らしく、このままウェストエンドでやっていても
おかしくないぐらい見事なミュージカル
こんな素晴らしい舞台が13ポンドで
しかも小さな劇場で見られる贅沢

カジモドの涙

2010/08/27

ノートルダムのせむし男のひとり語り
これもどちらかというとストーリーテリングに近い
けれども話を知っている分、観やすい
たったひとりで、大勢の観客を前に
劇場という空間を支配する
役者の表現力に
引き込まれる

舞台を終えた最後の挨拶で
役者が流していた涙は
カジモドの涙だったに違いない

新しい課題

2010/08/25

Edinburghで沢山の舞台を見てきたが
チケットを買っていたのに
観に行くのを忘れてしまったのは
今日が初めて

その時間に自分はプールで
気分よく泳いでいたのだった

左足のキックをかばうために
右手のクロールが強くなって
背中の右側が痛くなってしまった
おかげで左で息継ぎをするたびに背中が痛む
何事もバランスというのは大切だ
これまでやっていなかった右側での息継ぎをすることにした
左へのローリングの際に右側で顔を上げて
バランスを崩さないようにするためには
左足をしっかりとキックする必要がある
水を飲んだり、バランスを崩したり
まったく泳ぎ慣れていないフォームになってしまったが
それでも少しずつ、左右対称に近づいてくる
課題ができるのはそれなりに楽しい

Apple Green

2010/08/24

エジンバラについて2日目に頼んだ
折りたたみ自転車を今日引き取りに行った

どの色にするかを迷っていたのだけれど
カタログではぱっとしなかった色が
店頭で一番きれいに見えたので
それに決めた

そういえば、4月に日本で買った
パタゴニアのバッグも
そんなふうに店頭で実物を見て色を決めた

ここしばらくはみどり色が呼んでいるのかもしれない

Hamlet the Musical

2010/08/23

これは自分にとっての今年度のベストかも知れない
悲劇と喜劇はとても近いということを思い知らされた
最後の最後まで、面白おかしい、笑える
ハムレットのミュージカル
父親の亡霊が、なぜかエルビス・プレスリーの格好だったり
ローゼンクランツとギルテンスターンは、パペットだったり
一瞬生き返ってコーラスに参加するオフィーリアとか
これだけ笑いというものをとりながらも
それでもハムレットは逡巡する、もちろん笑いをとりながら
押さえる所だけはしっかりと押さえている
生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ〜
カーテンコールでは観客も一緒に歌うのだった

The Door

2010/08/22

この安心安全な国で
戦争という問題を論じるのに
演劇という表現手法の持つ
大きな可能性を感じた

映像や新聞記事よりも
感情がダイレクトに届く
劇場という虚構の世界にありながら
論じられるのは現実なのだ

上手な役者に上手に騙される安心
素晴らしい演技は観客を
虚構の先の現実に連れてゆく
そして、一人の人間という
最小単位のリアリティーに根ざした
逃れられない現実と向き合わされるのだ

Romeo and Juliet

2010/08/21

芝居としてみるのは3度目の
Romeo and Juliet
残念ながら、今までに観たうちで
最高のものとはならなかった
作り手も観客もストーリーを知っているから
Shakespeareのテキストが
どんなコンテキストで観られるのか
どんなふうに感動が起こるのか
観る方も作り手も
安心と不安の両方を抱えている
そうやってクラシックは
時間を超えて生きる

Sticks, Stones, Broken Bones

2010/08/20

ほんの1時間程の
ありふれたものを使ってみせる影絵のショー
満員の劇場では僕を含めて
大人たちが影絵を見て大喜びする
みんな騙されたくてあの劇場の客席に座り
パフォーマーは騙すためにステージに立つ
騙す側と騙される側で
どんな関係が築けるかが
感動の質を左右する
影絵そのものに感動しているのではないのだ
それを通じて届く
作り手のメッセージに
感動しているのだ
お客を一人一人送り出す
パフォーマーを見て
そんなことを考えた

アレッポ石鹸

2010/08/19

どこにあるのか見当もつかないまま
アレッポ石鹸をずっと探していた
スーパーでは普通の石鹸を買おうと
何度も手にとって、その度に思いとどまった
昨日はJordan Valley(!)という店に行ったけれど
Jordanで見かけたような石鹸はなかった

今日、近所で立ち寄ったムーミン65周年の
エキシビションをやっていたデザインショップに
なんと、アレッポ石鹸が置いてあった

お洒落にパッキングしてあるが
紛れもないサボンガール

それは旅行先にもかかわらず
歩いて5分かからない近さにあった
こんなに世界は広いのに
contactはいつも近くに潜んでいる