contact of the day

炉端

2018/02/25

声にも立ち振る舞いにも年季が宿るマスターは
初めて訪れてから20年を超えた今でも
同じような調子で料理を勧める

雰囲気や料理もよいけれど
この店はお客が面白い

あんなに笑っていたのに
何が面白かったのか思い出せない帰り道

苗場

2018/02/10

リフトに並ぶ人の列を見て
まるでバブルの頃みたいだと思う
それは泡のように消えたけれど
振り返れる瞬間があることを
幸せに感じる

そして長い時代を経て
今も聞こえてくる音

降る雪はいつか溶けて消えるけれど
つかの間永遠を閉じ込めていられる
氷点下の世界

初詣

2018/01/01

自分の足跡をたどる
独り静かな
初詣の帰り道

みるものとみられるもの

2017/11/24

放射線科医の先生と話をした
放射線科という科は、放射線を使って診断や治療をする
それは内科とか、小児科とか、泌尿器科とかいった
「みる」対象による区分ではなくて
「みる」方法による区分というところが面白いと思った
先生は、ただ撮影することだけを求められていると
感じるようなこともあったと語り
僕は、写真屋さんですね、と云って少し笑った

メーデーのプール

2017/05/01

風の強い春の午後
数ヶ月ぶりに泳ぐ
人の少ないプール
息を継ぐ度見える
少し傾いた太陽と
ガラスの向こうで揺れる木立

牯嶺街少年殺人事件

2017/03/16

25年前に出会った映画
タイムマシンに乗るかのように
座席について
映画館が闇に包まれたとき
もう一度、世界が蘇って来る
主人公に殺される直前に
少女の放つ言葉の切なさ
「世界は変わらない」

青い鳥「普通の人々」

2017/03/04

最後に観たのは1993年新宿スペースゼロ
あの頃にはなかった大阪の劇場にて
久しぶりの再会にもかかわらず
役者の身体も、あの声も
全く失われたいなかった驚きと
ニコニコしながら観ている
あの頃と同じ幸福感

テーマもストーリーも
リアルで悲しいものだったけれど

それを包み込む青い鳥の舞台は
暖かく清々しい

聖地にて

2017/03/03

20年以上前に
こっそりと奈良の山中に隠した秘密を
探しに出かける

秘密を探すことが
最大の楽しみだと思って
色々な手間をかけて
秘密を隠したのだけれど
その中身については
すっかり忘れてしまった

隠したものは
誰かに持ち去られていて
その場所にはなかった

宇宙図書館

2017/03/02

この冬は
少し時間があるので
バブルと呼ばれていた時代の頃に
体験していたことを
あれやこれやと追いかけている
それが
とても楽しくてしょうがない
膝は少し
痛いのだけれど

苗場

2017/02/17

昼にはスキーをして
夜にはコンサート
あの頃にタイムトリップしたのではなくて
今なお続く
同じスロープと同じ唄
非日常性が日常のように続いていた場所が
まだあることの幸せ

人生フルーツ

2017/01/28

スーパーの棚から
高くても土のついたネギを
選びながら
選択は毎日のようにそこにあることに気がつく
人生は小さな選択を積み重ねていくこと
そして細やかな日常の所作の中に
美しさが宿るのだ

この世界の片隅に

2016/12/31

戦争になれば僕らは
戦艦に乗せられるわけでもなく
戦闘機で飛ばされるわけでもない

こんなにも
この映画に惹かれるのは

洗濯物を干したり
晩御飯のことを考えたり
昨日のような今日を、明日も続けなければならない
自分の姿があるからなのだ

冬の終わり

2016/03/20

花を咲かせた暖かい日差しは長くは続かず
次の日には冷たい雨が降る
そんなふうして少しずつ
この国でも季節が進んで行く

オセローが憎い

2016/03/17

ユーゴスラビアシアターで
シェークスピアのOthelloを観る

セルビア語が全くわからないのに
最後まで飽きずに見ることができて
シェークスピアは作品が言語みたいなものなのだなあと
つくづく思った

そんな中で
唯一、耳が捕まえられた言葉は
「オセローが憎い」だった

桜の頃

2016/03/11

ベオグラードでは3月に入ると
花が咲き始める
コブシみたいなのや
梅っぽいのや、桜みたいな花が
あちこちで咲いている
一度に咲く、ソメイヨシノみたいなのはないけれど
角を曲がると
見事に咲き誇った大木に遭遇するなんてこともよくある

あまり足を止めて見ている人はいないけれど
はらはら落ちる花びらの中を
心なしか軽い足取りで歩いているようにみえる