contact of the day

初雪

2015/11/27

昨夜の冷たい雨は
雪に変わって
遅めの冬が到来した

Blue Moon

2015/08/01

スコットランドらしい天気のおかげで
昨夜の月見は流れてしまったのだが

早起きしたら
涼しく晴れ渡った東の空に
満月が見えた

もう8月なので
Blue Moonとは言えないのかもしれないけれど

No excuse

2015/06/24

過去を振り返って
あの時の未熟さを
悔やんだり正当化するのでなく

一歩下がって
今という額縁の
外にあるものが
見れたらよいなと思う

梅雨空の日に

2015/06/17

こんなにも
たくさんのものを
授かっているのだから

誰も受け取るものがいなくても
贈り続けなければならないのだ

春がきた(食卓)

2015/05/06

フキノトウは味噌に
ウドは和え物に
こごみとタラの芽は天ぷらに
食卓にも春がくる

春がきた

2015/05/02

ロールシャッハのような残雪の模様
梅も桜も水仙も一斉に花開いて
木々の新芽が
眼に見えるような速さで
朝がくる度に山を塗り替える

議事録

2015/01/24

ジョル天久しぶりの会合

地磁気とオーロラの関連について
神輿を上から見てはいけない
互恵性の円環とごんぎつね
ついにジョル天最高顧問が、、

など、新宿某所にて話し合われた

BGM は
You'd be so nice to come home to

雪かき

2015/01/15

雪かきしたら、また雪降り
さらに雪かきして、そしてまた雪が降る
自然の不条理を思いながら
生を営む不条理を思いながら
けれどそんな思いを吹き飛ばすほど
よく晴れた冬の日は清々しい

AWESOME MIX VOL.1

2014/10/28

とても楽しかったので
2回も観てしまった、 "Guardians of the Galaxy"
ようやくイギリスから届いた
アナログ盤のサウンドトラック

レコードに針を落として
ごきげんな日向ぼっこ

(Edinburgh Festival Fringe) Pioneer - curious directive

2014/08/18

人類の火星探査ミッションと海底調査、そしてシベリアを旅する兄弟、3つの話が見事にまとまる脚本。
なぜ人はわざわざ住み慣れたHomeを離れてフロンティアを目指すのか、その答えははっきりとは提示されない。
事故、陰謀、疑惑、拝金、犠牲、そんな数多の困難を乗り越える動機は確かにあって、その尊さ、純粋さこそが、人を未知へといざなうのだというメッセージに、なぜか痛く心を打たれて、知らないうちに涙していた。

演劇で Sci-Fi というとどうしても小道具や衣装などリアリティーの部分での表現が難しいのだけれど、この作品には、誰もが共感できる人としてのリアリティーが表現されていたのだった。
限りない困難に翻弄されながら、誰も見たことのない世界を志向する。その出発点は、夜空を見上げ、未知なるものに触れた誰もが持つ眼差しなのだ。

(Edinburgh Festival Fringe) Pioneer - curious directive

2014/08/18

人類の火星探査ミッションと海底調査、そしてシベリアを旅する兄弟、3つの話が見事にまとまる脚本。
なぜ人はわざわざ住み慣れたHomeを離れてフロンティアを目指すのか、その答えははっきりとは提示されない。
事故、陰謀、疑惑、拝金、犠牲、そんな数多の困難を乗り越える動機は確かにあって、その尊さ、純粋さこそが、人を未知へといざなうのだというメッセージに、なぜか痛く心を打たれて、知らないうちに涙していた。

演劇で Sci-Fi というとどうしても小道具や衣装などリアリティーの部分での表現が難しいのだけれど、この作品には、誰もが共感できる人としてのリアリティーが表現されていたのだった。
限りない困難に翻弄されながら、誰も見たことのない世界を志向する。その出発点は、夜空を見上げ、未知なるものに触れた誰もが持つ眼差しなのだ。

(Edinburgh Festival Fringe) Swimming

2014/08/15

夏の嘘、夏の虚栄、夏のトラウマ、いわゆる「海の家」で働く3人の若い男女のストーリー。
日常とは非連続な時間と空間という点において、それが夏であり、海辺であるという設定は物語には格好であるだろう。
それぞれの登場人物に現れてくる問題は決して解決されず、その深さを提示するのみなのだけれど、問題解決の安易なカタルシスよりも、軽やかにすら見える表面と、抱え込む問題の深さのギャップにこそ、リアリティーがあって、それを一時間で見事にまとめ上げた脚本と、まったく危なげない役者たちの演技に、引き込まれた作品だった。
一時間という上演時間はフリンジでは標準的で、上演時間一時間、移動時間30分、待ち時間30分、上演時間1時間、、、、といった具合であちこち劇場のハシゴをしながら見ていると、同じ一時間という時間内にあの手この手の表現手法で伝えられるメッセージの豊かさに感嘆させられる。一方でがっかり感も一時間我慢すればいいので、なんとかなったりする。
もちろんこの芝居は前者だった。

(Edinburgh Fringe Festival) Sleeping Beauty

2014/08/15

一人語りの「眠れる森の美女」
舞台には、白いクロスのかかった長テーブルに置かれた、燭台、メニュー、などの小道具たち、ひとたび照明が変わって、それらの影がホリゾントに投影されると、その影は、森の中のお城となる。バケットを鼻にあてた演者の影が、魔女の横顔になったり、テーブルクロスを丸めた影が、生まれたばかりのプリンセスになったりと、小道具と影を使った演出と、演者のリアルな芝居とが混ざり合いながら進み、ひと時も飽きさせない。
そしてストーリーの舞台は現代に、永遠の眠りを引き起こす糸車の針は、ドラッグの注射針に置き換えられる。そんなこんなでおとぎ話が、現実感を持って迫ってくる。物語とは本来そんなものではなかったか、おとぎ話、物語の持つ影は、時間も空間も隔てた現実世界にこそ、投影され、再発見されるのを待っているのかもしれないと感じた。

(Edinburgh Festival Fringe) Silent Voice

2014/08/13

南アフリカ共和国の劇団
パーカッションの生のリズムと、4人の役者のステップをバックグラウンドに語られるストーリーは、ストリートギャングの逃亡劇。
City of Godとか、Reservoir Dogs とか、End of Watchなんかの映画を思い出す。
演出や演技は荒削りな感じだったけれど、何と言っても役者の存在感に圧倒される。南アフリカの芝居は以前にも見たが、社会と個人をとりまく問題意識のありかたの違いに、役者のリアルな身体性があいまって、圧倒的な迫力を感じる。それはある意味でノンフィクション的な見方でもあるのかもしれないが、「生きる」ということの意味の違いをまざまざと感じるのは舞台ならではかもしれない。

(Edinburgh Festival Fringe) Bears in Space

2014/08/13

アイルランドのグループ
熊のパペットによる大宇宙叙事詩。Papetry(人形劇)という分野は、子供向けから大人向け、コメディーからシェークスピアまで、幅広く定着している、特に昨今はロンドンでのWarHourseの大成功もあってか、Fringeでの演目は確実に増え、勢いのあるジャンルに思える。そういえば、「見たて」という表現手法は日本だって素晴らしいものがあるのに、、と、人形たちに魅入る新鮮な感動を観客から感じながら、少し残念にも思う。
人形遣いが役者のように舞台に立ったまま、パペットを操っているのだけれど、彼らは人形を操作しているのではなく、明らかに役をしかも非常に高いテンションで演じているということに感動する。その役が人形に命を吹き込んでいるのだ。パペットのおかしみと、汗を吹き出しながら熱く演じる人形遣いのギャップをみながら、やがて人が人形を操っているのか、人形に人が操られているのかわからなくなってくる。ストーリーも、ナレーター役のストーリーテラーが、劇中に登場してしまうという、何ともメタな構造で、舞台の虚構と現実の視点が見事に渾然と表現される、それでも楽しい熊たちの宇宙叙情詩なのだった。